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電報は八月十四日付『時事新報』に掲載された

2011年02月02日

傷病者百名広島より転送し来り予備病院に入れり尚は明日も同じく百名転送し来る筈紙面には「十一師団」の文字はなく、高松郵便局長の指示どおりの文面になっている。電報が丸亀と高松の郵便局で検閲手続きを経たあげく、一部を削除されて送信されたことがこうして明らかになった。新聞紙面に記載された発信日時が頼信日時とずれている理由も、これで分かった。さきに、八月二十三日の第十二連隊補充大隊の出発を伝える記事電報について、新聞に記された発信日時が実際の頼信日時より一日遅れていることを指摘したが、この八月十三日の電報でも同じことが起こっている。新聞紙面は「丸亀十三日午後特発」となっているのに、頼信紙に記入されている受付時間は午前九時五分である。時事新報通信員が丸亀郵便局に頼信したのは朝だったが、それから高松郵便局へ伺いが送られ、回答が返ってきたのが午後四時二十五分。その間、七時間二十分かかった。したがって時事新報社へは午後発の電報として送られたのである。『停止電報綴』には全部で一五六枚の文書が綴じられている。大部分が丸亀郵便局と高松郵便局の往復文書で、往復文書の内容は原則として右に見た三種類、すなわち丸亀郵便局が新聞通信員などから受け付けた頼信電報の「写し」、それを相手へ伝送することの可否を丸亀郵便局長から高松郵便局長へ問い合わせた「伺い」の案文、それに対する高松郵便局長(または高松郵便局監理課長)からの「指令」からなっており、「指令」にもとづいて丸亀郵便局がとった措置が付記されていることもある。電報一件について「電報本文写し」「伺い」「指令」の三つの文書がセットになっているのが基本的なパターンである。文書の日付は明治三十七年一月九日から三十八年八月十六日まで。ロシアに対する宣戦布告の約一か月前から、ポーツマスで日露講和会議が開始された六日後までにあたる。

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